追悼抄

乙女心 いつまでも

キスシーン
不滅の輝き

少女漫画家

多田 かおるさん

(11日死去、38歳)


▲「イタズラなKiss」TVドラマ化で(右)、(左)と═96年
 冷たい雨が降る葬儀場に、ファンの中心をなす中・高校生の姿はほとんどなかった。月曜日の午前ということもあろうが、それ以上に、別冊マーガレット(別 マ)に連載中の「イタズラなKiss」の作者・かおる先生が、もうこの世にいないという現実が信じられない、何かの間違いだ――そういう思いがあるからで はなかったか。それほど、多田さんの描く少女漫画は明るく、生命力に満ちていた。
 「なんて下手くそで大ざっぱな絵。でも、どうしてこんなに面白いんだろう」
 一九七七年、「別マ」の新人賞選考会で、大阪の高校二年生が応算してきた作品に、漫画家・くらもちふさこさん(43)は引きつけられた。結局佳作となり 掲載はされなかったが、「乙女心のツボを押さえている。この人は伸びる」と直感した。まもなく「キッスの代償!?」でデビューした十七歳は、やがて少女漫 画誌の老舗「別マ」を背負って立つ大黒柱に成長する。
 ひたすらドジな女の子が、クールでかっこいい男の子に恋をし、一途な思いで彼を振り向かせる。こんな、少女漫画の「王道」とも言える物語を描き続けた。 決して巧みな絵ではなかったが、苦しい恋に耐え抜いたヒロインの喜びが爆発するような、生き生きとしたキスシーンに定評があった。「キスシーンに命をかけ た人」とも言われた。

▲「イタズラなKiss」より©多田かおる
集英社マーガレットコミックス
 「ヒロインは、みな多田さん自身だった」と、作者を知る人は口をそろえる。明るく話好き。気取らない性格で、何より瑞々(みずみず)し い乙女心を失わなかった。どんなに仕事が忙しくても、子育てもしっかりこなし、十歳の長男にとっては「普通すぎるくらい普通の母親だった」と夫の音楽プロ デューサー・西川茂さん(34)は語る。毎年のバレンタインデーには、必ず編集部にチョコレートを届ける気配りの人でもあった。
 「死」とは無縁の世界を描き続けた多田さんは、しかし、現実には身近にいくつもの死を経験してきた。
 小学生の時から父が病気で働けず、家計を支えた母も体を壊し、最初の大ヒット作「愛してナイト」の連載中に、父母を相次いで亡くした。両親が入院する病 院に毎日通いながら、決して連載を休もうとしなかった。当時の担当者は「深夜、わずかな明かりを求めて、看護婦詰め所の床にはいつくばって描いていた」漫 画家の姿を知っている。
 両親のことがあるだけに、健康に人一倍気を使い、たばこも酒もやらながった。だが、それは突然にやってきた。二月二十一日夕、茂さんの部屋で、引っ越し のために家具を測っている時に、誤って大理石のテーブルに頭をぶつけた。その夜、「気分が悪い」と言って倒れ、そのまま意識が戻らず、十八日後に息を引き 取った。脳内出血だった。
 九〇年に始まった「イタズラなKiss」では、思いかなった琴子と直樹が結婚、琴子は看護婦に、直樹は医者になった。多田さんの心のどこかに、生と死の 運命的な交差というものへの思いがあったのだろうか。絶筆となった「別マ」三月号のラストシーンでは、琴子の妊娠が予告されていた。
(石田汗太)


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